もうすぐFIREということもあって、FIRE関連のYoutubeやSNSを結構参考にしてたりします。 FIREを目標に掲げる人たちの発信を見ていると、「FIREを達成したあとに自己実現をしたい」という言葉をよく見かけます。また、FIRE後に「自分はもっとできたのではないか」と、未消化な思いを抱えて悩むケースも見かけます。
しかし、投資や仕事で一定の結果を出し、リタイアを選択できる段階に到達した人にとっての、この「自己実現」という悩みは、自分自身はすでに十分やりきったという感覚があるので、少し違和感があります。
今回は、これまで仕事や資産形成で一定の結果を出してきたからこそ直面する、この自己実現の正体について考えてみたいと思います。
未消化感の正体
「本当はもっと向いていることがあったのではないか」という感覚は、世界線分岐の別ルートと比較することで生まれます。ですが、その未消化感の中身にはいくつかの種類があるように思われます。
たとえば、もっと能力を発揮できたはず(能力の未消化)、正当に評価されてない(承認の未消化)、途中でやめてしまった(競争の未消化)といったものです。 役職や年収、評価制度といった他者評価が主体の環境に長くいるほど、この感覚は残りやすいと思われます。
もし何かが残っているとすれば、それは能力不足ではなく、評価や競争という仕組みからまだ降りきれていないだけで、存在しない理想と現実を比べてしまっているからだと思います。
役割から降りるという決断
ここで考えたいのは、FIREの本質です。FIREとは本来、労働という社会的な役割から降りるという行為です。
私たちは長年、「役割=自分の価値」という前提の中で生きています。そのため、役割から降りる決断をした瞬間、自分の価値そのものがなくなったように感じてしまうことがあります。それが「何か別の形で自己実現しなければ」という感情の正体なのかもしれません。
社会的な枠組みから抜け出そうとしているのに、その枠組みの中での評価基準を継続して使用するのでは、無理が生じます。役割を降りる選択と、役割による充足を求める気持ちは、同時には成立しないためです。
こうした違和感は、何をするか以前に、何者であり続けるかを問われ続けてきたことへの疲労なのかもしれません。
やりたいことリストの矛盾
リタイア後の指針としてよく使われる「やりたいことリスト」も、人によっては相性が良くありません。
特に、内発的な動機を大切にするタイプの人にとっては、楽しみを文章化し管理することで、やりたいこことが義務に変質してしまいます。楽しみを管理されたくない人にとって、リスト化は自由を損なうものになりかねません。
もしリストが作れないことに不安を感じるなら、それは欠如ではなく、すでに人生に一定の手応えを持っていて「これ以上欲望を増長させたくない」という健全な自己抑制なのだと考えられます。リストがなくても、特に困ることはないはずです。
自己実現という役目を終える
「自己実現ができていない」という悩みがどうしても消えないのであれば、今はまだリタイアするタイミングではないのかもしれません。納得できるまで活動を続ける方が、精神的な安定につながることもあります。
一方で、もしFIREという選択を優先したいのであれば、新しい目標を探す前に、自身の歩みを正しく評価してあげることが大切ではないでしょうか?
自己実現とは、もしかすると自分の人生をまだ肯定できていないときに、自分を奮い立たせるための一時的なエンジンや救済装置のようなものかもしれません。逆に言えば、現状の社会の枠組みで、ある程度やりきった感覚を持てている人にとっては、自己実現という概念そのものが、自分にとっては、すでに役目を終えているように感じます。
何者かにならなくてもいい
何かを成し遂げ続けなくてもいい
そう思えるまで、一つずつ納得していく。それが、自己実現という既存社会の呪縛から自由になるための、解決策です。
かつての自分も、「FIRE後に何か意味のあることをしなければ」と考えていた時期がありました。 ただFIREが近づいた今では、「何者かになりたい」という欲求よりも、「もう十分やりきった」という感覚の方が強いです。
現代の「自己実現」という言葉は、社会が個人に対し擦り付けた労働や競争の価値観を内面化させたもの。 資本主義・SNS・自己啓発といったものが、共同で作り上げた義務のようなものだと考えます。
自己実現を義務として背負わない自由、これが本当の自由かもしれない。自己実現を目指している時点で自由ではない。内面から湧き出る自己実現は勝手にやってしまうもので避けられるものではない。その自然な状態にこそ、本当の自由があるのかもしれませんね。
と、ここまで書いてあれですが、ぶっちゃけ、自己実現という言葉を聞くのにもう疲れただけ、という面もあると思っています。。

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