「大人になると、昔のようにアニメやゲームに熱中できなくなる」
「感性が死んでしまったようで寂しい」
といったような話を稀によく聞きますし、そう言われるとHodoもそうじゃないのか、という気になってきます。
もちろん、本当に感性が劣化している可能性もあります。年齢による脳の変化もあるでしょう。 ただその前に、環境の変化を考慮すべきではないか、という話です。 状況をしっかり考えてみると、これは感性の劣化だけではないと考えられます。
単に前提条件が変わり、過去の記憶に思い出補正がかかっているだけではないでしょうか。
今回は、この大人の娯楽離れについて、少し考えてみます。
昔は良かったは記憶の錯覚
私たちが「子どもの頃はあんなに楽しかった」と思い返すとき、無意識に制約込みの体験だった事実を無かったことにしてしまいがちです。
当時のHodoの環境を思い出してみると、、
- アニメ: 放送時間にテレビの前にいなければ見られない。ビデオ録画しなければ、見逃したら数年・数十年レベルでチャンスがない。チャンネル権・録画権は親兄弟と取り合いに。親はナイター絶対ゆずらない。そもそも実家では映るチャンネルが少なくて見れないアニメも多かった
- ゲーム: ゲームソフトは高額で、新作買えるのは年に1~2本。中古屋にも頻繁に通うが、買えるのはかなりマイナーな怪しいゲーム(実際買ったらクソゲー)。親が厳しくてゲームは1日1時間(守らないけど)。あまりにひどいとゲーム機隠される
つまり、かつての熱量は不便さや希少性によって強制的に高められていました。 他に選択肢がないから、手元にあるゲームが多少クソゲーでも、必死に良いところを探して遊び倒すしかなかったのです。
当時の不便さや選択肢の少なさを忘れ、純粋に楽しかった感情だけを思い出して現在と比較してしまいがちです。 しかし、その楽しさの一部は、手に入らないものへの欲求が生み出したバイアスのように思います。
これを今の環境と比べるのは、同一条件にはならないので不公平です。それは単純に感性の劣化とはいえず、記憶の錯覚です。
今は便利すぎるから熱中できない
一方で、今の環境はどうでしょうか。 サブスクでアニメは見放題、ゲームはダウンロードすればすぐに遊べ、セール時期には数百円で過去の名作ゲームがプレイできたり、無料ゲームも充実しています。
いつでも手に入る・いくらでもある状態になれば、一つの作品に対する熱量が下がるのは当たり前のことです。 これは感性の問題というより、需給の問題です。供給が過多になれば、一つ一つの価値は相対的に下がります。
これは環境が良くなり過ぎた結果であり、ストレスなくコンテンツに到達できるようになった反動として、かつてのようなハングリー精神を持つ必要がなくなった。ただそれだけのことです。
熱中しない自由を手に入れた
また、昔のように没頭できないことをネガティブに考える必要もありません。
子どもの頃は、目の前のコンテンツに熱中する他に選択肢がありませんでした。 しかし今は違います。
- つまらないと思ったら途中でやめることができる
- 距離を取って、批評的に楽しんでも良い
- 自分の時間に合わせて、効率的にコンテンツを選定することもできる
これは劣化ではなく、自由を手に入れた証拠です。 自由には代償がつきもので、選択肢が多くなれば熱中できなくなるのは当然の帰結。であれば、熱中しない自由を選択できるようになったと思えば良いのです。
楽しみ方をアップデート
これはFIREとも関係があると思います。 FIRE後は暇で退屈するという不安。これも子どもの頃のように熱中できる何かを基準にしているから生まれる不安ではないでしょうか。
その不安の根底には、この大人は熱中して楽しめないという思い込みがあるような気がします。 前提条件を無視して子どもの頃のように、無条件で時間を忘れて熱中できる何かを基準にしてしまうと、大人の自由な時間は退屈に見えてしまうかもしれません。
しかし、不自由だった時代の熱中を再現する必要はありません。 制約がなくなった今の環境で、大人の余りあるリソースを使って、好きなものを好きなだけ、あるいは適度な距離感で楽しめばいいだけの話。
楽しめなくなったのではなく、今の環境に合わせた楽しみ方へアップデートし、受け入れれば、子供の頃に楽しめたものも、大人になっても十分楽しめます。
現状でいくと、Hodoの場合は、新作ゲームを買う時は発売日のDL開始時間前(深夜1時や2時)に目覚ましセットして、仮眠をとったうえで、リリース直後に即プレイして楽しんでいますし、 アニメを見ててつまらないと思うことはほとんどないです。
見始めるまでに気がのらないこともあるんですけど、スタートしたら集中して見てる感じ。ただ、これが今後も続けられるかというと、なんとも言えません。
というわけで、今後アニメやゲームが楽しめなくなったときのために、自分を励ます記事を書いてみました。

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