結婚はオートバフ説

FIRE準備

これまでブログでも少し触れてきましたが、最近の空気感として、結婚はコスパが悪く非合理的だという考えが主流になりつつあると感じていました。 だからこそ少子化が進むのは必然の流れだと、Hodoも納得していたのです。かつては、自分自身もそのロジックの中にいました。

しかし最近、國分功一郎氏の著書『手段からの解放』を読み、そこでカント哲学に触れたことで、その認識が改まりました。

先生が言うには、人間には道徳があらかじめインストールされているそうです。

これについて自分自身に当てはめて考えたとき、少し自信がなくなりました。これから会社を辞めてFIREしようとしている、ある意味で社会のレールから外れようとしている人間に、そんな高尚な道徳なんてあるものだろうかと。

ただよくよく考えてみると、こんな自分でも、これだけは絶対に譲れないルールがありました。

それが、家族に一定水準の生活をさせる義務があるということです。これは別にそれを目的にしたわけでもなく、損得を計算したわけでもなく、勝手にそう信じ込んでいた絶対的なルールです。これが出来ないと存在価値が無いとさえ思っている。

これが道徳が勝手にインストールされてるってやつか、と腑に落ちました。

じゃあ、なんでこんなものがインストールされているのか。理由は単純で、結婚して子供がいるからです。

もともと合理主義的な人間なので、もし結婚して無ければ、最低限の生活費だけで満足し、今より無責任な生活をしていた可能性があります。

つまり、結婚して家族がいることで、自分を律するためのバフ(能力アップ効果)が常時発動していることになる。これこそが、結婚によって得られる自動バフのチートアビリティの正体です。

だから、ゲーム的に合理的に例えると、このチートアビリティを入手するために、Hodoは結婚というルートを選んだのだろうと妙に納得がいきました。そう考えると、家庭持ちFIREは実はチート特典有りプレイだったのかもしれません

問題点は、じゃあこの絶対的な自分ルールを守れなくなった時、人として壊れてしまうのではないかという恐怖です。ただ、先生はこれについても答えを出してくれています。

人間には道徳と同時にそれを実現する機能もインストールされている。つまり、それが出来るだけの能力が既に備わっているということです。

能力がないからやれないということはなく、やってないだけということ。能力があるのにやれないというのは、最大級に甘えていると言っているわけですね。非常に現実的で手厳しい答えですが、まあ、つべこべ言わず、やれってことなんですかね。

ここで疑問が出てきたのが、バフがなくなったらどうなるのだろう?ということです。
子の独立や配偶者との離別・死別等の理由でソロプレイになることは、それなりの高い可能性であります。バフ無しで自分を制御できるのか?

バフを使わない別の方法として考えられるのは、例えば、YoutubeやSNSでの発信、地域のコミュニティの活動、ボランティア等、「他者の監視」のシステムを自前で取り入れたり。自律しているFIRE民に発信者が多いのも、この生存戦略をとっているからなのかなと思いました。(発信している人しか観測できないので当たり前かもしれませんが)

以上から、家庭持ちFIREというのは実は自分にとっては弱点をカバーしてくれるチート特典有りプレイだったという考えに至ったわけです。

おそらく、「家族がいなかったら、今の自分とはかなり違う方向に行っていた可能性は高かっただろう」と考えます。

これまで仕事や資産形成に没頭しすぎた影響か、家族を守っていると思いこんでいましたが。
実際には家族に守られていた。お互い支え合っていたんだなと、改めて認識しました。

いまの言説の主流となっている、 結婚を表面上のコスパで判断するという考え方に、結構流されていたんだなと気付きました。

重要なのは、どんな制約が、自分を一番マシな状態に保ってくれるのか。それを自覚できているかどうかなのだと、今回のことで思いました。


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