FIREの話になると、よくこんなことを言われます。
「仕事を辞めたら、やることがなくて暇になるんじゃないの?」
確かに、会社員は平日の大半を仕事に使っています。 それがなくなれば、毎日5〜6時間以上の自由時間が増えることになります。
この時間をどう使うのか。FIREを考える人なら、一度は気になるポイントでしょう。 ただ、最近この問題について考えてみて、ある結論にたどり着きました。
FIREの暇問題は、そもそもそれほど大した問題ではないよね、というものです。
日常は思ったより暇にならない
今回の対象は、旅行などのイベントで埋まる非日常の時間ではなく、日常の時間の使い方についてです。 まず前提として、今の休日の過ごし方を考えてみます。
Hodoの場合、
・アニメ
・ゲーム
・読書
・ブログ
・動画作成
・AIとの対話
などをしていると、あっという間に休みが終わります。
例えば読書一つとっても、図書館を利用しているので少し特殊で、人気の本は100人以上待つこともあり、先読みして事前に何冊も予約しておかないと、なかなかタイミング良く借りられません。数ヶ月待って順番が回ってきた本なんかは最優先で読む必要があります。
さらに、そのタイミングでゲームやアニメが重なっていると、全然時間が足りないと感じます。 どうしようもないときは、ゲームしながらスマホでアニメ観たりしてます。。
上記は一例にすぎませんが、特別な予定がなくても、普通にやることは発生します。 少なくとも今の生活を見る限り、「やることがなくて困るほどの未来」はあまり想像できません。 とはいえ、FIREするとここに平日の自由時間が追加されます。そのとき本当に暇になってしまうのでしょうか。
暇になる原因は「時間の量」ではない
日常の時間の使い方をざっくり分けると、3種類くらいある気がします。
- 消費型 アニメ、動画などコンテンツを消費する時間
- 活動型 散歩、運動、家事、買い物など身体を動かす時間
- 思考型 投資分析、勉強、ブログ執筆など頭を使う時間
動画を見終わって、また動画を見る。こういう消費だけの単調な生活だと、飽きて暇になるかもしれません。 ただ、少なくとも、この3つがバランスよく回っている生活は、単調になりにくい気がします。
ではなぜ今まではそれほど暇を感じなかったのか。
一つの理由は、生活に制約があったからだと思います。 会社員には「出社・昼休み・退勤」といった外部からの強制的な区切りがあります。自由時間が限られているからこそ、趣味に集中できる面もあります。
こうした外部の制約がなくなると、時間は増えるのに行動の密度が下がることがあります。結果として、時間があるのに満足度が下がるという現象が起きやすくなります。
自由時間が増えると納得感は壊れるのか
ここまで考えていて、ふとこういう問いに言い換えられる気がしました。 「自由時間が増えると、納得感のある日常は維持できるのか?」
Hodoにとっての幸福は、
・自分を裏切らずに済む
・違和感が少ない
・納得して続けられる
という状態です。
会社員の場合、この納得感を壊す最大の要因は仕事です。外部から与えられる役割や強制によって、どうしても自己不一致が生まれやすい。FIREはその外的要因を取り除くツールです。
しかしFIRE後は、極端に言えば「いつでもできる」状態になります。このとき起きやすいのは、時間的な制約が薄れ、一つ一つの行動の没頭度が下がることです。
忙しいときは、多少の違和感があっても「とにかく前に進んでいる」という感覚で納得できることがあります。忙しさが、ある意味で思考のフィルターとして機能しているわけです。
FIREによって忙しさが消えると、そのフィルターも外れます。すると「今の生活は本当に自分にとって納得できるものなのか」という問いが、よりはっきり見えるようになります。
これが、いわゆるFIREの虚無感の正体なのかもしれません。
暇問題は未来の自分が解けばいい
では、もしFIRE後に暇を感じたらどうすればいいのでしょうか。 違和感が出たら、なぜそう感じるのかを考え、行動や環境を調整する。やることは、結局それだけです。
FIRE後であれば、この試行錯誤をする時間はいくらでもあります。
「暇になったら何をするか」を事前にすべて決めておく必要はありません。 むしろ、暇になったときに対策を考えたり試行錯誤できる時間があること自体が、最大の解決策です。
資産枯渇リスクやアイデンティティ喪失といった問題に比べれば、「時間が余って暇になる」というのは、かなり軽い問題です。
どうでもいい未来の問題は、未来の自分が解けばいい。
(だって暇な時間はたっぷりあるのだから)


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